猫の記憶

佐々木幹郎『猫には負ける』をたしなむように読んでいる。野良猫のミーちゃんを完全な家猫にせずある程度放し飼いしながら共に暮らす日々。作者の留守中には近所の空き地やアパートの庭で過ごす。ちゃんと戻ってくるのか不安に感じるのだが、帰宅して名を呼び、窓を開けておくと自然と部屋に入ってくるそうだ。

野良猫は臆病な猫ほどが長生きする、ということを知ったのは、30年ほど前、わたしが隅田川左岸の永代橋の近く、深川に住んでいるときだった。(中略)わたしの深川時代で一番印象に残っているのは、生まれてようやく歩きだしたばかりの子猫が、次々と死ぬ事態に何度も出会ったことだった。(前掲書p.35-36)

夜になり車の往来が途絶えた倉庫街を元気な子猫は夢中で駆け回る。そのときに轢かれてしまうという。

この行を読み、飼い猫のことを思い出した。2ヶ月位まで野良で育ち、怪我をして飢えていたところを夫が保護した。好奇心旺盛で高いところや狭いところも恐れずに突き進む。カーテンに爪をひっかけてぐいぐい登り、そのまま降りられなくなったり。かと思うと高いタンスの上から勢いよく飛び降りたり。コロコロクリーナーにじゃれついて持ち手の隙間に細い足が挟まり、焦って暴れまわり余計に取れなくなったり。ハラハラすることばかりだった。

ある日、締め忘れた窓からベランダに出て、柵を乗り越え、転落死してしまった。もう一匹の先住猫の方は、ほとんど外で暮らしたことがないせいか、ベランダに出ることはあっても、あちこちニオイを嗅ぎながらこわごわと歩き回るだけだった。転落死した方は、普段あまりベランダに興味を抱く様子もなかったのに、いざ外の空気を嗅ぐや、躊躇せず1m以上あるコンクリートの柵の上に乗ってしまったのだ。こうして、臆病な子が残った。

臆病で優柔不断な子猫は、車の通りが少なくなったときでも、道路の真ん中に出てこない。路地の隅にいる。だから、生き延びることができるのだ。

郊外に住んでいる猫は、精悍で勇敢な猫ほど長く生き、都会ではその反対で、臆病な猫ほど長生きする、というのは、都会がイキモノにとっていかに危険かを示している。(前掲書p.37)